司法試験の合格者が増えすぎて、合格者全体の質が下がった問題、OJTができなくなっているという問題、新人弁護士の就職難等を指摘すると、決まってマスコミは、司法制度改革審議会で慎重な議論を重ねて導入した司法制度改革の理念を没却するな!と噛みついてくる傾向にあるように思う。
しかし、その司法制度改革審議会及びその後の検討会が、いい加減な議論しかしていなかったとしたら、そのいい加減な議論に基づいて出来上がった司法制度改革路線もいい加減である可能性が高いはずだ。
まともな議論もせずに、まともな結論が出るはずがないからである。
福井康太、大阪大学大学院法学研究科教授の10月28日のブログによると、ある大学教授の方が、詳細に資料を検討した結果、
司法制度改革審議会とその後の検討会においては、
「(司法制度改革)審議会の主要な委員が、法曹の数が増えれば社会が変わるという程度の認識で法科大学院設置の議論をしていた」
との研究報告があったそうだ。
http://ktfukui.cocolog-nifty.com/rechtstheorie/2011/10/201110272-4a55.html
もしも、その報告が正しいとすれば、司法制度改革を行う者の認識として、極めて大雑把、且ついい加減としか言いようがない。
こんな認識で、多数の法科大学院を乱立させ、多くの法曹志望者からのお金と国民からの多額の税金を投入させ、結果的に、とても実務に耐えられない卒業生を濫造した責任は一体誰がとるのだろうか。
マスコミも、有識者が委員に入っているというだけで、安心せずに、きちんとその内容まで把握して報道してもらいたい。
司法修習生の給費について貸与制をとりまとめた、法曹養成フォーラムでも、有識者といいながらかなり偏った意見を濫発している委員がいる。
その偏りを分かりやすく伝えることもマスコミの役割だとは思うのだが。
※なお当ブログの記載は、当職の個人的意見であり、当事務所の他のいかなる弁護士にも関係はございません。