近畿予備校のこと~その1

 私は、大学受験に失敗した後、京都市烏丸今出川下ルにあった、近畿予備校という予備校に1年間通った。

 はっきりとは覚えていないが、私が在籍した年は、文化系200名弱、理科系1100人強くらい、そのうち、医学系が1クラスだったように思う。

 近畿予備校の入学案内パンフレットには、世紀の奇跡!とか、栄光の金字塔!などの言葉が踊っていたが、決して誇大広告というわけではなく、とにかく京大に関しては、べらぼうな高合格率を誇っていた。

 校内模試全校順位で1300人中500番くらいなら京大合格の可能性は相当あると言われていた。校内模試も、言ってみれば京大模試みたいなもので、少なくとも私が受けていた文系の校内模試の出題形式は、京大入試にそっくりだった。

 しかも近畿予備校は京大医学部にはめっぽう強かった。私の在籍した年でも比較的少ない年だったと言われたとはいえ、30名以上が合格した。

 つまり私のおぼろげな記憶だと、当時の京大医学部の定員は確か120名だったので、合格者の半分が浪人だとすると、京大医学部に浪人して合格する学生の半分以上は近畿予備校出身だったということになる。

 そこらの私大に合格するより、近畿予備校の入試に合格する方が難しいとの噂もあったとのことで、かつて伝説の予備校が京都にあったと、後に言われたそうである。

  私は、京都駿台の東大コースにも受かっていたが、何故か近畿予備校を選んだ。

  しかし、通ってみると実は、近畿予備校はボロかった。

(続く)

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