日弁連の意見って誰の意見?~2

 2月22日のブログhttp://www.idea-law.jp/sakano/blog/archives/2011/02/22.htmlにも書いたのだが、日弁連が、法曹養成制度に関する緊急提言を出す方向で、最終調整に入っているということで、弁護士のMLなどでさんざん酷評されている。

 日弁連執行部曰く、「法曹養成問題に関するフォーラムが出来るのに丸腰では参加できない。せめて日弁連として提言をしてそれをもとに乗り込むべきだ。」とのことであるが、会内で大きく意見が分かれるこの問題について、10年も前の臨時総会決議の範囲内だということで、このような意見を一方的に出すのはあまりにも執行部の身勝手である。

 フォーラムのような組織が出来ることは既に、給費制が1年延長された時点で分かりきっていたのに、それへの対応を放置してフォーラム直前に火事場泥棒的に、会内合意もとらずに押し切ろうとするのだから、会内民主主義もへったくれも、執行部は考えちゃくれないってことだ。

 10年間で大きく状況が変わったにもかかわらず、10年前の主張にしがみつくお馬鹿さんのやり方としか思えない。10年前といえば、2001年といえば、北京でオリンピックをすることが決まった年だし、ギリシャがユーロに加盟した年でもある。

 ロースクールの設計も馬鹿みたいにバラ色の設計図だった。

 その頃に決めたことを、何とかの一つ覚えのように墨守しようとすることの方が愚かだ。

 しかも、司法試験の問題ををロースクールの授業に合わせろという内容も入っているらしい。また、ロースクール卒業生の受験資格制限(いわゆる三振制度)を5年で5回にするべきという内容も入っているらしい。さらに、予備試験組の参入を狭めるよう求める内容も入っているらしい。

 言いたかないが、この意見をまとめた日弁連の委員会は、あほか?

と思ってしまう。

 司法試験は司法試験法という法律(しかもその法律の一番最初の条文)によって「裁判官、検察官又は弁護士になろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定すことを目的とする国家試験とする。」と明記されている。

 新司法試験は、「ロースクールでの授業をまともにこなしたかどうかを判定する」という試験ではない。法律でそう明記されているのだ。

 ただでさえ、ロースクールの機能不全が叫ばれている。新司法試験の採点雑感を見ればいい。(上位の受験生はともかく)こんな程度で実務家にして良いのかという採点者の嘆きが聞こえてくる。

 採点者から、毎年毎年ロースクールに求められているのは、「法律の基礎を理解させてくれ、せめて基本概念を理解させてくれ」という悲痛な叫びである。答案が日本語の文章としてなっていないという指摘も年々増加しており、あまつさえ国際関係法(公法系)の採点雑感には、(答案に)問題文を書き写しても得点にならないし意味がない(そんな答案が少なからずあった)、という指摘さえされている。

 答案に問題文を書き写すなど、いまどき、高校の受験生でもやらないぞ。

 確かにこれまでの司法ではいけないと考え、改革を目指した理想はよかったのかもしれない。署名運動など大変な思いをされた方も多いだろう。

 しかし、理想はあくまで理想だ。いくら素晴らしい夢を描いても、実現したのが荒廃ならそれが事実だ。現状なんだ。理想にしがみついて夢を見続けるのではなく、現状を見るべきだ。署名運動でかいた汗を無駄にしたくない気持ちも分かるが、それを無駄にしたくない気持ちと、現実の惨状を比較してどちらが大事か考えるべきだ。

 また、受験回数制限を緩和するという方向性は、悪くはないと思うし、本来受験回数制限をするべきではないと個人的には思うが、受験回数制限も、司法試験法という法律で定められたことである。当然当時の日弁連は(反対者も多くいたが多数決でやむなく)その法律に賛成する立場に立っていたのだから、厳格に解すれば、この受験回数制限緩和の主張はこれまでの日弁連の立場と矛盾するともいえる。

 どうしてこの提言が、これまでの日弁連の立場の範囲内に収まるのか私には直ちには理解できない。

 しかも、予備試験ルートを狭める提言内容など言語道断だ。ロースクールに通えないが優秀な方は沢山いるはずであり、多彩な経験をお持ちの方の法曹界入りを可能にする制度が予備試験だからだ。予備試験合格組の方が成績優秀であるならば、それはすなわちロースクールが無用の長物であったことの証明だ。ロースクール側が言うように、ロースクールが本当に素晴らしい教育をして、生徒がそれを身につけ、厳格な基準で卒業させているのであれば、予備試験など課さずに受験資格を撤廃して、一般受験者と堂々と渡り合って勝負したらどうなんだ。言ってることが本当なら、絶対ロースクール生が勝つはずだ。言ってることが本当なら勝てないはずがない。万一、それで勝てなきゃロースクールの意味はないはずだろう。

簡単なことだ。

どうしてそれが出来ないんだ。

 今の日弁連の法曹養成問題を担当している委員会は、手段(ロースクール)を守るために平気で目的(法曹に必要な学識・応用能力の有無)をねじ曲げようとしているとしか思えない。

 少し品を書いた表現になったことはお詫びします。

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

ps 災害支援ボランティアサイトhttp://saigaisien.idealaw.jp/を少し充実させました。

  さらに充実させていく予定です。

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