弁護士の潜在的需要とは??

 現在の、弁護士激増路線維持派の方が良く仰るのは、「法的な解決を欲している人がまだまだいるので、潜在的需要はいくらでもある!それを顕在化すればいいのだ。」という決まり文句です。しかし、弁護士の潜在的需要候補としていつも真っ先にあげられる中小企業の弁護士需要は、司法改革前からいわれていますが、一向に顕在化していません。そもそも需要があるなら、新人弁護士が就職難に陥るはずがありません。

 それにも関わらず、日弁連執行部の考えは「潜在的需要がある」というもののようです。

 しかし、(前にブログに書いたように思いますが)次のような需要論は正しいでしょうか。

① バス停にたくさん人が待っているのだから、タクシーの潜在的需要はある。だからタクシーをもっと増やすべきだ。

② 国民の知る権利に奉仕する日刊新聞が、一部1円なら買う人がいるので、日刊新聞の潜在的需要はある。だから、国民の知る権利に奉仕するために印刷部数を増やすべきだ(一部1円に値下げするべきだ)。

 ①も②も明らかに誤りでしょう。

 確かに、バスに乗りながら本当はタクシーに乗りたいと考える人もいるでしょう。しかし、現実にタクシーを利用しない人をタクシーの潜在的需要とはいいません。なぜなら、タクシーがバス料金並み(若しくは相当程度低額)にならない限り、バスの利用者はタクシーを使わないからです。そして、過当競争といわれながらもタクシーがバス料金並みの料金設定にできないのは、そのような料金設定にするとタクシー会社・ドライバーとも食べていけないからです。タクシードライバーに食えなくてもバス料金並みにしろとは誰もいわないでしょう。タクシー運転手も職業です。職業は、生活の糧を得る手段でもあるからです。

 もちろん、②の一部1円でなら買うという人も日刊新聞の潜在的需要とは言えません。そんな料金で新聞を発行していたら発行する部数が増えるだけ赤字になります。明らかに赤字の仕事を、国民の知る権利に奉仕するからといって、勝手に押しつけられても困るだけです。新聞社は一等地に立派なビルを建てているくらい儲かっているのだから、それくらい良いだろうといわれても、明白に赤字事業なのですから、無理なものは無理でしょう。

 ところが、こんな当たり前のことが、弁護士と言う仕事に関しては当たり前として議論されないのです。

 アンケートに依れば法的な援助を望んでいる人が沢山いそうだ、学者から見て法的解決が必要と気付いていない人も多くいそうだ。だから、潜在的需要がある。その潜在的需要を満たすためには、弁護士の激増が必要である(激増させても大丈夫だ)、というのが弁護士激増賛成論者の一つの主張です。

 一見正しそうなそのお話の中には、弁護士を利用するにもコストがかかる(弁護士も職業であり、その仕事でご飯を食べる必要がある)という点が全く欠落しています。

 例えて言うなら、こう言えるかも知れません。

 非常に大量の貴金属や稀少元素が広い海には溶け込んでいます。その海に連れて行って、「さあ、ここに大量の金が眠っている。どう取り出せばいいか分からんし、実際に金を取り出そうとすると大幅な赤字になるだろう。しかし、とにかく金は確実に海水に溶け込んでいる(潜在的需要はある)。よかったな、君の未来は安泰だ。」と言っているようなものです。

 海水に大量の金が溶け込んでいることは子供でも知っています。しかし(技術的には可能だと言われているのに)海水から金を取り出そうとしないのは、コスト的に合わないからでしょう。

 弁護士激増路線を基本的に維持される方は、コストを無視した安易で非現実的な潜在的需要論を根拠として振り回さないでもらいたい。

(追記)

 私が言いたいのは、社会的弱者の方に対する法的サービスの要望を無視しろということではなく、一方では弁護士を激増させて生存競争を激化させておきながら、コスト的に合わない仕事を強要して弁護士に犠牲を強いることが間違っているということです。社会的弱者の方に対する法的サービスに関しては、諸外国のように国民全体の了解の下、税金を投入するなどして対応すべき問題です。ちなみに、民事法律扶助予算について、国民一人あたりの支出額は、イギリス3257円、ドイツ746円、フランス516円、アメリカ309円と比較して、日本はわずか40円です(日弁連新聞による)。

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