プロセスを重視した法曹養成って・・・・?

 法科大学院が素晴らしいものであることを示す理由の大きな柱として、「プロセスを重視した法曹養成」があげられてきたことは、皆さんご存じのことと思います。

 要するに、今までの司法試験は一発試験であり、そこでの成績が合否を決めてきたが、法科大学院制度では違う、もっと法律家養成のプロセスを重視するとの、うたい文句であったように思います。

 でも、翻って考えると、法科大学院の成績と関係なく、法律家となるための関門として新司法試験がある以上、新司法試験の時点では、一発試験の成績で合否が決まることには変わりありません。

 新司法試験に合格するかどうかの前段階でプロセスを重視するということを意味しているのかも知れません。しかし、そうだとすれば、旧司法試験が論点暗記に走っていると批判されていた(受験した経験があるものとして断言しますが論点暗記だけでは、旧司法試験は絶対に合格はできませんでした。)ことが、法科大学院制度では大幅に改善されていないとおかしいような気もします。

 ところが、日弁連法務研究財団認証評議会第11回議事録のなかで、井上日弁連法曹養成対策室長は次のように述べています。

「今、司法研修所の民事裁判教官室自体が、要件事実というのはやめようと。学生が要件事実を暗記するという傾向がやっぱり最近強まっている。大事なのは物の考え方であって、それを暗記することでは決してないんだというようなことを非常に強くメッセージとして研修所が発しているという、そういうふうな印象を受けるんですね。」

 これは要するに、物の考え方よりも暗記を優先する傾向が、法科大学院生・司法修習生において、更に進んでいるということを述べているようです。前述の通り、法科大学院は、旧司法試験を暗記優先であると批判して作られた制度でもあるはずです。そのうたい文句がプロセスを重視した教育だったはずです。

 ところが、その新しい制度でプロセスを重視して教育を受けるはずの者が、今まで以上に暗記に走っているとすれば、いったい何のための制度変更なのでしょうか。

 私には、どうもプロセスを重視する法曹養成という意味がよく分かりません。そしてプロセスを重視すればどういう利点があるのかも分かりません。何となく司法改革の中で、プロセスを重視した法曹養成という言葉が一人歩きして、何となくその方が良いような気になっているだけかも知れないのです。

 どなたか、プロセスを重視する法曹養成の利点を教えて頂けないでしょうか。

 そして、そのプロセスを重視する法曹養成を行っているはずの法科大学院制度が実施されているにもかかわらず、暗記重視の傾向が従来より強まっているという指摘は何故なのか、教えて頂けないでしょうか。

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