鯨を食す。

 「鯨を食べる」というと、ホエールウォッチングが好きな方には野蛮だ、といわれかねない昨今ですが、私は鯨の刺身が大好物です。アイスランドでも、シーフードレストランには鯨の刺身があり、メニューには「ロー・ホエールミート・ジャパニーズスタイル」と書かれていました。きちんと醤油も付いていましたし、箸も添えられていて、食べ方までジャパニーズスタイルなんだと、ちょっと面白く思ったものです。

 もともと、私は古式捕鯨発祥の地として有名な太地町出身です。小さい頃から沿岸捕鯨で捕獲されるゴンドウクジラは、よく食べていました。1~2度ですが、父親と追い込み漁に参加したこともありますし、沿岸に追い込んだクジラを魚市場に水揚げし、解体している様子を何度も見て育ちました。私の故郷では、鯨は食文化の一つとなっているように思います。

 解体しているところを遠巻きにして見ていると、無口で無骨な漁師のおっさんが、気を利かせてくれたのか、解体したてのクジラの刺身を醤油につけて、「ほれ」と顔の前に突きだして、食べさせてくれようとすることもありました。

 さすがに、解体したての、なま暖かい鯨の肉はちょっと気がひけるものですから、食べずに逃げたような気がします。今思えば、好意で食べさせようとしてくれたのに、申し訳ないことをしたという気になります。

 ずいぶん前から鯨は、貴重品となってしまいました。良質なタンパク源であり、牛肉よりも身体に良いとされる鯨をどうして捕ってはいけないのか、私には理解できません。調査捕鯨では鯨は明らかに増加していることが分かっており、鯨の激増により、他の生態系に影響が出ているのではないかという報告もされていたと思います。

 調査捕鯨を行う船舶に、体当たりしたり薬品の入ったビンを投げつける妨害行為の方がよっぽど野蛮だと思うのですが、国際世論は捕鯨国に味方してくれなさそうです。そもそも、鯨の激減はかつて、欧米諸国がおこなった鯨油目当ての乱獲が最大の理由ではないかと私は思っているのですが、実際は勉強してみないと分かりません。しかし、ペリーが黒船で浦賀に来航したのも、捕鯨のための寄港地を探すのが最大の目的だったという話を聞かされたこともあり、欧米の捕鯨は鯨油だけとって、後は捨ててしまうものだったとも聞いていますから、相当激しい乱獲が欧米諸国で行われていたことは間違いないでしょう。

 そうだとしたら、クジラの激減の責任は欧米諸国にあり、肉だけでなく、皮・骨・筋・歯までも利用する日本には責任はないように思います。クジラが可愛いからという感情的な理由で捕るなというのであれば、牛だって、インドに行けば神様の使いのはずです。

 ちなみに、今回の帰省では親戚から頂いた、イワシクジラ(調査捕鯨で捕獲)の刺身を食べることができました。良く出回っているミンククジラよりも、柔らかく、臭みもないので、非常に美味しく食べられました。

 文化に対する見方や、価値観など、なかなか乗り越えがたい障害はあるでしょうが、なんとか国際世論と折り合いをつけて、鯨が減らない範囲で捕鯨が再開できることを願っています。

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