GWがなかった頃

 私が司法試験受験生であった頃からずっと、司法試験の第1関門である短答式試験(マークシート方式)は、5月の第2日曜日である。

 つまり、世間はGWで華やいでいる頃、司法試験受験生は短答式試験の最後の追い込みに追われていたのだ。新司法試験も5月中旬なので、新司法試験受験生も最後の追い込みという面では、私達が受験生だった頃と同じく、GWなんて関係ないはずである。

 新司法試験と異なり、私達が受験生であった頃の短答式試験は、単なる足きり以上の過酷さがあったように思う。冷やかし受験の人がいるにせよ、競争率は5~7倍、ほぼ競争試験である。しかも、司法試験に合格して受験界から出て行ってくれるのは、合格した500人と受験をあきらめた方であり、再受験する人も相当いた。10年以上受け続けても短答式に合格できない人もいたし、わずか3時間~3時間半の一発勝負であるため、前年度の論文式試験で総合A評価を受けた実力者でも油断すると足下をすくわれる危険があった。  

 私は、短答式試験は京都大学で受験していたが、変な体験もある。

 武田鉄矢主演のトレンディードラマ(?)「101回目のプロポーズ」が放映されていた頃、ドラマの中で武田鉄矢が振られた腹いせだったのかどうか忘れたが、一念発起して司法試験に挑むという設定があった。しかも、理由は忘れたが、武田鉄矢が、走行してくるトラックの前にいきなり飛び出し、「僕は死にませ~ん」と叫ぶ妙なシーンもあった。確か、「僕は死にませ~ん」は、かなり流行語にもなったような気がする。

 そんな頃、京大の教養部で行われた短答式試験に私は参加していた。外はGW最後の日曜日であり、京大を公園代わりにお弁当もって散歩に来て騒いでいる人たちもいた。試験が始まり、みんなが必死に試験に取り組んでいるのに、散歩に来た人たちの大騒ぎは止まらない。たまりかねて、同じ教室の受験生が試験官に注意してくれるよう頼んだ。試験官も、腹に据えかねていたのだろう、すぐに出て行って注意してくれたようだ。

 試験官がぼそぼそと注意する声が聞こえたあと、おそらく酒によっているであろう人の、馬鹿でかい声が聞こえた。

 「お~い、騒ぐなってよぉ!」

 「なんでやねん。ええやんか、休みの日やねんから!」

 「なんか知らんけど、司法試験やってるんだとさ!」

 「けっ、司法試験!『僕は、死にませ~ん』か!勝手にやってろ!」

 ・・・・・・・・・・・・・諸行無常の意味を身にしみて感じたような気がした。

 こんな体験もある。

 短答式試験の受験会場に、帽子をかぶったままの受験生がいた。その受験生のためにか、わざわざ試験前の注意でも帽子はかぶらないよう指摘されていたが、その受験生は注意など全く意に介していなかったようだ。試験官も試験が始まれば帽子を取るのだろうと考えていたようすである。

 から~ん・から~んと、試験開始の合図がならされた。当時の試験開始はハンドベルのでかい奴で告げられていた。受験生は飛びつくように試験問題に取りかかる。

 ・・・・・・? 後ろの方から、妙な押し問答が聞こえる。

 「君、帽子を取りなさい。」

 「取りません。」

 「もう一回いうけど、試験の公正さを保つために、帽子を取りなさい。」

  「いやです。」

  「きみ、・・・・」と三度目の注意をしようとした試験官の言葉を遮って、帽子の主は大声で言った。

  「服装の自由は憲法13条の幸福追求権で保証されているはずです!」

 その後のことは、覚えていない。幸い私は、問題に集中できたので、その後のいきさつは覚えがない。

 試験後、その帽子の主の周辺で、呆然としている受験生が何人かいた。おそらく、この騒ぎで集中できなかったのだろう。一発勝負の競争試験である短答式試験で集中できなかったということは不合格とほぼ同義である。まさに、運が悪かったとしかいいようがない。

 他に受験仲間から聞いたところ、試験開始前から終了後までずっとひどい貧乏揺すりをされて困ったとか、臭い奴がとなりで集中できなかったとか、一問解くたびにガッツポーズをする奴がとなりにいて泣きそうになったとか、僅か3時間あまりの試験時間にとなりの奴が6回もトイレに立ったのでそのたびに通してやらねばならなかったとか、みんな様々な苦難に直面していたようだった。

 今年の司法試験・新司法試験の受験生も、私達と同じでGWなど関係ないだろう。大変だろうが、頑張ってもらいたい。

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