出来ることと出来ないこと

  今日、少年鑑別所を出たのは、おそらく面会に来た人たちの中で最後だったのだ、と思う。既に携帯電話や荷物を入れておくロッカーの鍵は、私が使っているロッカー以外は全て未使用状態になっていたし、途中の一般の方の面会室にも誰もいなかった。

 鑑別所の方に「お疲れ様です」と声をかけて、外に出ると、夕暮れが迫り、薄い三日月が光っていた。

 少年は、一生懸命に反省に向けて努力している。真面目に反省して、事件の原因が自分のどこにあったのか探ろうとしている。突き詰めて考えていくからこそ、事件について自分で分からないところも出てくることがある。

 当たり前だ。

 私だって、自分の心の全てが、分かるはずもないのだから。

 未成熟の少年が、事件当時の自分の気持ちを省みて、分からない部分があって当然である。

 しかし、その分からない部分を質問されると、調査官や鑑別技官にうまく説明が出来ず、きちんと事件に向き合っているのか疑われてしまう場合もある。

 出来るなら少年の心を真っ二つに割って、何が書いてあるのか知りたい。知ることができれば、もっと上手く、少年にヒントを出してあげられるかもしれない。

  しかしそれはかなわぬ願いである。

 付添人としてもっと出来ることはないかと思いつつ、現実に、悩むこともある。

中森先生ゼミ同期会(2008)

 私の恩師でいらっしゃる、中森喜彦先生(刑事法)が、今年京都大学を退官された(京大名誉教授にもなられたようです。)ということで、ゼミの同期生のうち、時間が取れた6名が集まって、先生お疲れ様の会(同期会?)のようなものを催しました。

 先生が次に奉職される(既にされている)、近畿大学法科大学院・研究室を先生にご案内して頂いて、その後、奈良の料理屋さんで、夕食。

 先生は、「君らは、僕が京大を離れることがそんなに嬉しいのか?」等と冗談を言いながら、かつての学生であった私達と、楽しく話して下さいました。

 翌日は、奈良に泊まった4名(私を含む)で、午前中に薬師寺・唐招提寺を拝観し、中森先生と合流後に昼食をとり、よもぎ餅屋を見物した後、徒歩で若草山の旧道をのぼり紅葉を楽しむ、といった二日間でした。

 若草山とはいえ、体力の衰えとメタボ気味の私には、普通のハイキングよりも少しハードに感じましたが、途中の山道での紅葉や頂上からの展望は素晴らしいものがあり、奈良って良いところだなぁと再認識させてもらいました。

 もちろん、途中で先生と楽しく会話しながらのぼったのですが、それよりも、先生がほとんど息も切らさず、すいすいと若草山を登っていかれるのは驚きでした。

 中森先生は、まだまだ、お気持ちもお体もお若くていらっしゃるので、今回参加できなかった同期の方のためにも、また機会があれば、楽しく集まりたい、と思っています。