日弁連ニュース(10月15日付)について

 10月15日付の日弁連ニュースに、新・旧61期の就職状況が掲載されていました。

 9月2日に司法修習を終了した旧61期について、10月15日時点での調査では、609名中裁判官任官者24名、検察官任官者20名、弁護士登録したもの546名、進路不明者19名とのことだそうです。弁護士登録をしたもののうち、法律事務所に就職せずに即時独立した弁護士は13名と推計されているようです。

 この結果を基に、日弁連は旧61期についての就職問題は収束しつつあると、述べているようですが、非常に脳天気な書き方だと思います。
 問題があるのであれば、その問題を詳しく分析して対策を講じなければ問題は解決しません。日弁連はその問題点の分析や問題点についての対策について、特になんの言及もなく、とりあえず旧61期の就職問題は結果的に収束に向かっていると述べるだけです。現実の問題がとりあえず下火になってきたからといって、問題を先送りしていると、取り返しのつかない問題に発展することは、これまで歴史が証明していると思います。日弁連執行部には、この問題に対応する義務があるはずです。

 ちなみに、同じ日弁連ニュースによると、新61期(12月17日修習終了予定、約1800名)の採用状況は、9月末にアンケートに回答した約1400名中8%は就職先未定だそうです。未回答の400名については更に就職先未定である可能性が高いので、実際には、200人くらいは就職未定者がいると考えてもそう間違いではないでしょう。
 たいした数ではないと思われる方も多いでしょうが、これは、実は凄い数です。山口県弁護士会が昨年弁護士人口が多すぎるとして中国地方弁護士会連合会で議題を提出していますが、その山口県の弁護士数は105名です。昨年、中部弁護士会連合会で法曹人口の激増に関して問題がある旨の決議がなされましたが、その決議に参加した三重県弁護士会の会員数は100名です。(ちなみに会員数100名以下の弁護士会は52弁護士会中、20弁護士会あります。)

 つまり、仮に200名が就職できないとして、単純に就職できない200名を吸収しようとすれば、三重県または山口県全体の弁護士が解決している総事件数の2倍の事件数の増加が必要ということになります。

 これから日本の人口は減少期に向かうはずですが、わずか一年で三重県または山口県全体の弁護士が解決している総事件数の2倍の事件が増えるわけがありません。自然に事件が増えないのであれば、弁護士も食うためにやむを得ず、アメリカで問題となっている弁護士のように法律を徹底した金儲けの手段と考えて、事件を作りだそうとするようになるかもしれません。仕事にあぶれた弁護士が、仕事のネタを探して近所をうろつくようになるかもしれません。また、弁護士が増加すれば依頼しやすくなるとお考えの方もおられるでしょうが、こちらが依頼しやすくなるということは相手方も依頼しやすくなるということです。つまり相手方から弁護士を通じて何らかのアクションを取られる危険性が今までより格段に増加するということです。

 そんな訴訟社会を誰が望んでいるのでしょうか。

 来年度は、更に多くの就職できない司法修習生の増加が見込まれています。事態は急を告げています。早急に改めるべきところを改めなければ大変なことになります。

Posted by sakano at 14:06  | パーマリンク |
2008年10月17日
反射望遠鏡

 私は、夜空の星を眺めることは結構好きな方ですが、特に天体の知識があるわけではありません。

 ですから、星の名前や星座については実はあまり、知らないのです。

 ところが大学時代、一度だけ反射望遠鏡を振り回したことがあります。以前も書いたように私は京大グライダー部に所属していました。グライダー部というところはなぜか、理系の学生が多いクラブで、私の同期でも文系の学生は教育学部のI君(途中でやめちゃいましたが)くらいしかいませんでした。

 ちょうど私が3~4回生の頃、2年後輩に理学部の学生であったK君がいて、クラブの学生のたまり場で、何かの拍子に理学部の反射望遠鏡の鍵を預かっているとかいう話をしてくれたのです。幸い私と同期には、盛岡一高天文部の部長であったC君がいたため、相当な夜更けでしたが、C君・K君ほか何人かで忍び込んで星でも見ようぜ、ということになりました。

 確か理学部の屋上に設置されている、40㎝クラスの反射望遠鏡だったと思います。暗い中、理学部の建物に入り込み、屋上まで行きました。そこで、C君に星雲やら、惑星に照準を合わせてもらって、交互に宇宙をのぞきました。

 C君が選んで見せてくれた星雲の名前は忘れてしまいましたが、その星雲は望遠鏡の視野の真ん中に捉えられていても、その真ん中を見つめると見えず、望遠鏡の視野の端を見ようとすると何となく目に画像が捕らえられるというもので、じつに儚げな感じがしました。

 また、土星も見せてもらったのですが、時期も良かったのでしょう、ぱっと見たところ、まるで輪っかを帽子のようにかぶった可愛い子どものような佇まいをしていたように思います。

 このとき私が初めて直に見た土星は、望遠鏡の視野の中では、たった今、真っ暗な虚空からマジシャンが取り出して、そっとおいたような、それでいてずいぶん昔からあるような、実に不思議な雰囲気で、闇の支配する宇宙の中に、たった一人で白く輝きながら「ポッ」と奇跡のように浮かんでいました。

  その後、今まで、望遠鏡で土星を見たことはありませんが、機会があれば是非あの可愛い姿を見てみたいと思っています。

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