「トムは真夜中の庭で」 フィリパ・ピアス 著

 弟が麻疹にかかってしまったため、庭もない市街地の叔父さん夫妻の家に隔離されたトム。初めての叔父さんの家でなかなか寝付けないトムの耳に、階下のホールで大時計が真夜中に、13回時を告げる。不思議に思ったトムが階下におり、裏口のドアを開けるとそこは、あるはずもない大きな庭園が広がっていた。そこでトムはハティという女の子と巡り逢うが・・・・。

 あまり、傑作という言葉は使わないのですが、この本は、時(とき)をテーマにした児童文学の傑作の一つだと私は思っています。

 誰でも小さいときに持っていたはずの、「黄金の時のような素晴らしい想い出」はどこに行ったのでしょうか。そのような想い出は、大人になった後でも、確かに意識して思い出そうとすれば思い出せますが、知らぬ間に記憶のよどみに沈めてしまっているような気がします。しかし、大人になればこそ、当時の想い出が非常に素晴らしく価値があるものであったことが理解できる面もあります。

 この本の終わり近くにハティがトムに語ります。「トム、そのときだよ。庭もたえずかわっていることに私が気がついたのは。かわらないものなんて、なにひとつないものね。私たちの思いでのほかには。」

 そのとき私は、この本が実は、2面性を隠しているのではないかということに、ようやく思い至りました。 私の中で、この本をトムの物語ではなく、ハティの物語として読み始めていたことに気づいたからです。

 子供にとってはトムの冒険譚、大人にとってはハティの心の旅路。 そう読めても不思議ではない本です。

 小さい頃にこの本を読んだ記憶のある方でも、もう一度読み直してみて下さい。子供の頃にこの本から受けた印象ときっと違う、もっと深い、大人になった人にしか分からない何かを感じるはずだと思います。

岩波少年文庫 756円(税込)

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