やはり司法試験は簡単になっている。

2020年5月7日 2 投稿者: sakano

 司法試験が、受験者数の減少、受験者の総体的なレベル低下により選抜能力を失いつつあるのではないかという危惧を以前ブログにも書いたが、その危惧は当たっていたようだ。

 法務省に掲載されている平成30年8月3日司法試験委員会決定に基づく、「司法試験の方式・在り方について」と題する文書には、次のように書かれている。

 短答式試験は,裁判官,検察官又は弁護士となろうとする者に必要な専門的な法律知識及び法的な推論の能力を有するかどうかを判定することを目的とするものであるが,その出題に当たっては,法科大学院における教育内容を十分に踏まえた上,基本的事項に関する内容を中心とし,過度に複雑な形式による出題は行わない。

 たぶん誰も、本当のことを直接言わないだろうから私が言ってやるが、司法試験委員会としては、本音としては、次のように言いたいのだろう。

 本来法曹(裁判官・検察官・弁護士)になろうとする者に必要とされる、専門的な法律知識や法的推論能力(それに私見であるが、事務処理能力も必要である)を判定できるだけの、しっかりとした質と量の短答式試験問題を司法試験で出題するべきだと司法試験委員会は考えている。何故なら司法試験は、法曹になろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験である、と法律上明記されているからだ(司法試験法1条1項)。
 しかし、法科大学院経由の受験生全体の実力から推察される、法科大学院での教育内容を踏まえれば、受験生が法科大学院で身につけてきた実力が十分だとはとてもいえない状況にある。
 仮に、司法試験委員会が、法曹に通常必要な法律知識や法的推論能力を試そうと考えて、きちんとしたレベルの短答式試験を出題すれば、短答式試験で足を切られてしまい、現状の合格者数すら確保できなくなる。
 そこでやむなく、司法試験のレベルを落として、基本的事項に関する内容を中心に出題せざるを得ないのであり、本来法曹の資質を見るために必要と思われる複雑な形式による出題ができなくなっている。

 おそらくこういうことだろう。

 ちなみに、基礎的な問題に限定されているはずの、令和元年度の短答式試験は、175点満点で108点以上が合格(但し1科目でも40%以下の得点である場合は不合格)とされている。受験生全体の平均点は119.3点だから、受験生の平均点を10点以上、下回っていても短答式試験には合格できるというザル試験になっている。

 このようなザル試験であるがゆえに、予備試験ルート司法試験受験生の短答式試験合格率は令和元年度で約99%となっている。これに比べ同年度の法科大学院ルートの司法試験受験生の短答式試験合格率は約71%に過ぎない。

 予備試験考査委員が、法科大学院卒業者と同等の実力を持っている、裏を返せば、法科大学院を卒業したならこれくらいの実力を持っていなくてはならない、と判断したレベルにある予備試験合格者が99%合格する試験で、法科大学院ルート受験生は3割も落第するのである。

 そして、志願者が激減しているにもかかわらず合格者を1500人程度に維持しているため、短答式試験に合格した受験生のうち約半数が最終合格するのだ。

  
 

 私は思うのだ。

 法科大学院卒業生の実力が全体的に見て不足だからといって、司法試験を簡単にしようというのは、目的と手段が完全に入れ替わってしまっているのではないかと。かつて大学教員たちが、司法試験に合格するだけの実力くらい3年で身につけてみせると豪語して導入された法科大学院なのだから、本来であれば法科大学院の側から、司法試験を簡単にしないでくれ、というのが筋だろう。

 司法試験を法科大学院のレベルに合わせるべきだ(簡単に合格できるようにしてくれ)という、一部学者の主張は、自らの教育能力が乏しいことを自認する、極めて恥知らずな主張だと知るべきだ。

 法科大学院に意味(乃至は価値)を持たせるために、司法試験を簡単にすれば、実力不足の弁護士があふれ、結局国民の皆様が困ることになる。司法改革はそのような社会を目指したわけではない。

 だいたい、2004年に開校してから、おおよそ20年近く経っているのに、未だに教育内容の改革を検討し続けなければならないようなポンコツな制度を、どうして高額の税金を投じて維持しなくてはならないのか。

 本当に世の中わからないことが多いものだ。

マウントクック(NZ 南島)

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