合格の瞬間~2010年12月10日投稿

2020年3月9日 0 投稿者: sakano

 本日、知り合いの方が、税理士試験に合格された。実力がありながら、これまで、運に恵まれなかったのだ。しかし、今日だけは美味しいお酒が飲めるだろう。おそらく肩の荷が下りたような気がされているのではないだろうか。

 私も、司法試験は、論文試験で何度もつまずき、苦節10年だったので、その方の気持ちがよく分かるつもりだ。当時の司法試験は、論文試験に合格すれば口述試験は95%合格するといわれていたため、まさに論文試験が天王山だった。しかも、丙案という極めて不公平な若手優遇措置がとられていた頃の話だ。

 丙案導入前から、あと一歩(論文試験評価A~当時は1000番以内)のところで合格を逃してきていた私は、合格発表が張り出される京都地検の掲示板へ、その年は、発表時刻より少しだけ時間をずらして、発表を見に行った。

 表向きの理由は混雑の回避だが、正直いえば、勉強仲間が合格しているかもしれないところで、また自分が不合格であることを確認してしまうかもしれないという恐怖もあったからだ。この辛さは体験してみないと分からないし、何度も体験すればするだけ、どんどん辛くなる。

 その年、私は、発表時刻より20分ほど遅らせて、発表を見に行ったはずだ。発表直後の熱気が少し冷めた頃だが、多くの受験生が未だ掲示板に群がっているなか、受験生の肩越しに、掲示板を見た。

 探すまでもなく、私の番号と、名前が目に入った。

 このように、あれだけ苦労した論文試験だったが、合格発表の瞬間だけは実にあっけなかった。そして、その意味を把握するのに少し時間がかかった。

 次第に何かが、身体の中でわき起こってきて、私は小さくガッツポーズをした。他人に気付かれないようにしたつもりだ。

 これまで、論文試験の発表で嬉しさの余りはしゃぐ合格者を嫌というほど見てきたし、その合格者を横目に、来年の受験が可能か考えながら重い足取りで下宿に向かうことを何度も繰り返してきたから、その当時の自分を考えると、嬉しくはあったが大騒ぎする気持ちにまでは、なれなかったのだ。同時に、次に控えた口述試験をどうしようという不安も頭をもたげてきた記憶がある。

 早く下宿に帰って、口述試験向けて勉強しなくてはと、一旦家路についたが、「まさか、見間違いではないだろうか」という気がしてきて、もう一度自分の名前と番号を確認した。帰宅途中に最初に目に入った公衆電話で両親に報告したことは覚えているが、どの道をどう走って下宿まで帰ったのかについては良く思い出せない。

 その晩、不安になって、もう一度だけ合格しているか、わざわざ夜中に確認に赴き、冷たい風が吹く中、寒々しい蛍光灯に照らされつつ、自分の名前が少し曇ったガラスを通して掲示板の中に消えずに残っていることを確認して、ようやく少し安心した気持ちになったものだ。

 その後口述試験の合格発表は、東京の法務省まで見に行ったが、とにかく、ホッとしたという気持ちしかなかった。司法試験に合格した喜びというよりも、もうあの過酷な司法試験を受験しなくても良いのだという安堵の気持ちの方が強かった。

 現在の新司法試験制度は、法科大学院卒業後5年間に3回しか受験できない(いわゆる三振制)。じっくりと実力を身につけるタイプの人には向かない試験になっている。また、合格するには、相当程度の運も必要だ。3回とも運が向かない人もいるかもしれない。

 私は、法科大学院はもとより、特に三振制は、極めて不合理な制度だと思っている。

 それはともかく、Yさん、本当におめでとうございます。 

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

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