日経新聞スポーツ欄コラム~ 2009年06月11日投稿

2020年3月4日 0 投稿者: sakano

 今、私が取っている新聞は、日本経済新聞である。当然、経済の記事が多く、テレビ欄も裏表紙ではない。テレビ欄については一般紙のように裏表紙のほうが便利だと思うが、日経新聞は頑なにテレビ欄を裏表紙にしない。

 日経新聞は名前通り経済に関する新聞であるため、スポーツ欄も小さめである。しかし、その小さなスポーツ欄の中に、往年の名選手のコラム欄があり、私は密かに楽しみにしていたりする。

 特に気に入っているのが、野球の豊田泰光さんとゴルフの杉原輝雄さんの文章だ。お二人とも、文章から豊富な経験に基づいた深い人間洞察が伺えたりして、非常に参考になる。

 今日のコラムは、豊田泰光さんの文章だった。

 題名は「9回2死に現れる人間性」。

 豊田さんはこう書いている。

 9回2死で回ってくる打席は一種の極限状況であり、様々な人間模様が現れる。そして、いい打者ほど見栄や外聞と無縁で、死に物狂いになれるのだという。

 敗戦は27個のアウトの積み重ねであり、27個目の最後のアウトも、それまでの26個のアウトと等分の罪しかないという思考では決して土壇場の力は生まれないそうだ。

 ・・・今年は、昨年にも増して、司法修習生の就職が困難を極めているという情報が流れている。弁護士会・弁護士全体にとって、それこそ極限状況が迫っている、土壇場の力を発揮しなければならない状況とも言えるだろう。

 この場合、最も先頭に立って行動すべき日弁連執行部、各弁護士会執行部は果たして、見栄や外聞と無縁で死に物狂いになれているのだろうか。憂慮すべき現状を引き起こしたのは、これまでの執行部の路線であり、その路線を継続して何が悪いという、26個目のアウトも27個目のアウトも同じ罪だという意識に陥っていないだろうか。

 豊田さんによれば、この土壇場での態度で、優れた執行部か否か、明らかにされるはずなのだ・・・・・・・・・。

Posted by sakano at 18:52  | パーマリンク |
2009年06月12日
時代劇の悪役

 S弁護士の父親は、S弁護士から見ても、あきれるくらい時代劇が好きである。

 NHK大河ドラマは当然として、定番の水戸黄門、遠山の金さん、暴れん坊将軍、ちょっとテーマ曲が寂しい感じの大岡越前、お~と~こだった~らの銭形平次、死して屍(しかばね)拾う者なしの大江戸捜査網などなど、まあよく見ていた。今も年末やお盆に実家に帰ると、年末特集の白虎隊やら何やらよく見ている。

 時代劇は、話としては単純である。

 大抵の時代劇は、善良な商人(茶屋の娘の場合もあり)が悪代官(悪徳商人の場合もあり)にひどい目に遭わされ、「神も仏もあるものか・・・・・」と悲嘆にくれる。しかも、悪役は悪役面の俳優さんが必ずと言っていいほど演じており、一目で悪い奴かどうか分かる仕組みになっていて、番組の途中から見ても、どっちが悪役かすぐ分かるようになっている。

 そして、悪代官と悪徳商人が

「そちも、相当の悪よのう。○○屋」、

「いえいえ△△様にはかないませぬ。これで△△様も××様のあとを襲うてお奉行様に・・・」、

「これ滅多なことを言うでない。」

「いえいえ、もうお奉行様になられたも同然。これはそのときのお支度にお使い頂きたいと思うて、お持ちいたしました山吹色の菓子でございます。なに、ほんのお口汚しに・・・・」

「困るな、○○屋。まあしかし、菓子をくさらせるのももったいない。預かっておこう。」

「△△様、これで二人は同じ穴のむじな。今後とも、どうぞよしなに・・・・」

「うっしゃっしゃっしゃ・・・・」「ほほほほほ・・・・」

・・・・・・・てな具合で、悪役達が自らの首尾に酔いしれているところを、主人公やその仲間(水戸黄門の場合は風車の弥七)が目撃する。そして、弥七役のご注進を受けた主人公が真相を解明し、印籠やら桜吹雪を駆使して悪役を成敗し、めでたしめでたしである。

 大抵の悪役は、それまでに助さん・格さんや吉宗のみねうちや、平次の銭投げで痛めつけられているので、決めの印籠やら桜吹雪にめっぽう弱い。(最初から勝負は付いているのだが)印籠や桜吹雪が出た時点で「勝負あり!」である。

 つまり、時代劇は、どうしても代えようのないワンパターンであり、決して悪が勝つことはないお約束である。だからこそ安心してみていられるという面もある。

 ところが、これが、遺伝のせいかどうか分からないが、悔しいことに、S弁護士にも心地良いのである。仕事の関係で、そんなに早く家に戻らないので滅多に見ることはないが、TV番組で見かけると、結論が分かっていながらついつい見てしまうことがある。

 しかし、S弁護士の楽しみはそのワンパターンに乗った安心感だけではない。本当に希ではあるが、ワンパターンにおまけが付くことがある。

 散々痛い目に遭わされた上に、印籠を示され、いつもならへへーっとなり、命乞いする悪役が、ごく希に

 「ええい、こんなくそじじいが黄門様であるはずがない。切れっ!切ってしまえ!」

 「ええい、かくなるうえは・・・・・・」

 などと開き直って、襲いかかってくることがあるのだ。いつもなら印籠だけで勝負が付くので、開き直られて主人公が慌てれば面白いのだが、大抵はそんな反撃も想定の範囲内とばかりに、主人公達によって、あっさり悪役はやられてしまう。

 しかし、印籠という絶対に逆らえない正義を示された途端、直ちにこれまで行ってきた悪逆非道な行動を忘れたかのように命乞いをする悪代官より、実力でも権力でも、そして正義の面でも絶対に勝てないことを知りつつも最後まで悪役に徹しきる悪代官の方が、筋が通っているような気がして、なぜだかS弁護士は少しばかり好きなのである(悪人が好きというわけではないので念のため)。

 たまに時代劇を見ると、悪役が最後まで悪役で踏ん張らないかなぁ、とS弁護士はいつも少しだけ「おまけ」を期待しているという。

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