J・Sバッハ「管弦楽組曲第3番よりair」~ 2007年12月27日投稿

2020年2月20日 0 投稿者: sakano

 先だって、受験時代のH君との話とカヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲のことを書きましたが、その際に私が候補にあげた曲の一つがJ・Sバッハ「管弦楽組曲第3番の「air」楽章」です。いわゆるG線上のアリアとして有名な曲ですから、ご存じの方も多いでしょう。いろいろな楽器で演奏されますが、やはりオーケストラによるものが一番しっくりきます。

 私がこの曲からうける印象は次のようなものでした。

 既に私はこの世での生を終えています。天上に向かう途中のようです。冥界の使者なのか天使なのかは分かりませんが、ある存在が、ゆるやかに、私に立ち止まって振り返るように身振りで伝えます。

 私は何の疑問もなく、そうするのが当たり前であるかのように、振り返ります。私の動きは水中であるかのように、ゆっくりです。人々が生活し、暮らしている、しかし、私のいなくなった地球を眺めながら、自分の人生を静かに想い起していきます。楽しかったこと、悲しかったこと、どうしようもなく切ない思いに暮れたことなど、自分が人生で体験した光景が、既に記憶の底にしまい込み思い出すことさえなかったことまで含めて、ゆっくりと目の前を流れていきます。しかし不思議と話声や音は聞こえません。

 心はもはや何物にも乱されることはありません。感情から解き放たれ、ひたすらに静かに穏やかなだけです。ただ、私が体験してきた全てのことに、やはり意味があったのだという想いだけは間違いなく感じられるようです。

 ここまでで、私がこの曲から受ける印象のおよそ半分くらいです。これ以上は私の言葉で表現することはできません。あとは、実際に曲を聴いて感じて頂くしかないようです。私の個人的な印象ですが、この曲は、もはや、人の領域を超えて神の領域までをも表現した曲であり、神の領域を人間の言葉で表現することは不可能であるからです。

 おそらく、この曲を作曲したときのバッハの魂は、完全に浄化され、あらゆる色を拒絶して純白に輝きながら結晶化しており、既にこの世ではなく、天上に存在していたにちがいありません。

 わずか5分程度の小曲ですが、その曲に含まれた世界は広大です。忙しい師走ではありますが、少しだけその広い世界を覗いてみられてはいかがでしょうか。

 今年のブログは、これで終わります。今年6月からはじめた、読みにくいブログを読んで下さった方々、有り難うございました。皆様が、良き年をお迎えになることを願っております。

 なお、当事務所は新年は1月7日より始業いたします。ブログも更新していく予定です。

 今後ともイデア綜合法律事務所をよろしくお願いいたします。

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