花岡幸代ライブ~その4~2015年1月15日掲載

2020年2月5日 0 投稿者: sakano

その曲を単に音楽として捉えただけなら、私も普通に聴いていられただろう。しかし、その歌を聴いているうちに、上手く言えないのが本当にもどかしく、ありきたりの言葉になってしまうのが残念だが、曲の世界に引き込まれてしまった。

いや、より正確に言えば、単に曲の世界に引き込まれたというようなものではなかった。

ライブ会場に座って花岡さんの音楽を聴いている、私という客観的存在の中に隠され、普段の生活では様々な仮面の中で守られている、私の本質いうか、心そのものとも言うべき存在が、全くの無防備で、ありのままの姿で、その歌詞と曲に、すっと自然に優しく抱き寄せられてしまったのだ。

普段の自分が曲の世界にいるのではない。

それならまだ自分を保っていられる。

しかし今回は違う。

私という殻を脱ぎ去った全く無防備の、むき出しの、素の、私の心に、歌が優しく届いてしまうのだ。

こうなるともうダメだ。

花岡さんの音楽を聴いているはずなのに、もはや音楽を越えて、花岡さんの歌う歌詞を現実に追体験するのに近い感覚につつまれてしまう。

ああ、大事な人にこういう言葉を伝えたかった。

大事な人からこういう言葉を聞きたかった。

もっといろいろ話をしたかった。

もっと一緒に歩きたかった。

でも、、、、

自分のことではないのに胸が痛む。

自分の体験ではないのに勝手に涙腺がゆるむ。

一方、涙腺がゆるみ始めた頃、そういう状況を冷ややかにみようとする自分も、まだ、私の心の片隅には、恥ずかしながら少しだけ残っていた。

何なんだいったい。

仕事ではいつも冷静に対応しているじゃないか。

周りに大勢の人がいるぞ。

いい年こいたおっさんが、泣いているなんて滑稽なだけじゃないか。

だが、花岡さんのステージでの真っ直ぐな姿を目にし、伸びやかに透る歌声を聴いていると、もう今は、少なくともこの曲を聴いている今だけは、これでいいんだ、という気持ちに自然と傾いていった。

その結果、ぼろぼろと涙を流し、鼻をすすっている中年のおっさんが、一丁上がりで、出来あがってしまった。

照明が暗くて、またハンカチを持っていて本当によかった。 (続く)

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